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虫歯は脅威~古代エジプト人の死に迫る~vol.14

 虫歯は脅威~古代エジプト人の死に迫る 

                                                                                 日本女性ヘルスケア協会長 鈴木まり   

 先日、現在上野で開催中の「大英博物館ミイラ展~古代エジプト6つの物語」へ伺いました。 

 会場には綺麗に包帯でグルグル巻きになった6体のミイラが、棺、装飾品等と並んで展示されており、各“ご遺体”ごとに、包帯の中身のCTスキャン画像と合わせて、その方のお名前、暮らした地域、身分、死亡推定年齢、病名などの研究データが開示されていました。 

 過去にもエジプト展は何度となく足を運んできましたが、今回、ご遺体の包帯をほどくことなく、カラダの状態、更には病気まで突き詰めてしまうデジタル技術の進化には舌を巻くものでした。 

 その中でも、最も注目すべきは「病名」でした。 

 今回はるばる日本へ渡ってきたこの6名のご遺体の共通点はいったい何なのか。彼らはどのような病魔に侵されこの世を去ったのか、患っていた病気を辿ると、生活習慣も見えてくるものです。   

 まず目に飛び込んできたのは、全体的に酷くすり減った歯と、専門家でなくても分かるくらいほとんどの歯が虫歯になっている状態が写る頭部CTスキャン画像でした。死亡推定年齢を見ると、30~40歳前半とあります。歯のすり減り方を見るともう少し年を重ねた方の印象でしたが、当時主食とされていたパンには、脱穀が荒く麦が殻のまま入っていたり、脱穀の際に使用した石臼が砕けて砂利が混入していたそうなので常に固いものを噛んで生活をしていたのだと納得しました。 

 CTスキャン画像に目をやりながら「病名」項目を見てみると、ほぼすべてのご遺体に「アテローム性動脈硬化症・歯周病・虫歯」とあるのです。 

 アテローム性動脈硬化症とは、主に中型から太い動脈の壁の中に沈着物が付着し血流が減少ないし遮断される現象で、高コレステロール食の習慣がある場合にリスクが高くなる病気とされています。 

 ここで気になったのが、「中東エリアで高コレステロール?」という疑問でした。 

 私自身、何度か中東からアフリカ大陸エリアに足を運んできましたが、このエリアにおいては、高糖質低タンパク質の食習慣というイメージが強いのです。現在においてはイスラム圏になっているので、豚肉は食べないなどの宗教的な意味合いもありますが、乾燥した砂漠地帯で動物が生きるには決して豊かとはいえない自然環境ですので、やはり風土環境を考えても、高コレステロール食が習慣となっているとは考えにくいのです。 

 ただ、ミイラ化されるご遺体はあくまでも王族や神官など、地位の高い人物だったので、貴重な動物性たんぱく質は、これら地位のあった人物だけが特別に食べることが出来たのかもしれません。更には、ビールやワイン工房も盛んだったと知られる古代エジプトですから、ビールやワインの摂取量及び、当時造られていた酒類の栄養価が現代市場に出回っているものよりも濃厚だったことも想像できますし、暑い環境での飲酒は脱水症状を引き起こすリスクが高いですから、いずれにしても血管には何らかの負担はかかる生活習慣だったのでしょう。   

 見ているだけでおもわず顎に手を当てたくなるほどの虫歯と歯茎の嚢胞(歯茎内に空洞ができている)跡を見ていると、噛むのもままならず、きっと頭痛まで引き起こしてさぞかし痛みに耐えた生活をしていたのだと、思わず顔をしかめてしまいました。   

 私は半年に一度、歯科検診で口内菌の状態や歯茎の状態を診て頂くのですが、以前あまり口内状態が良くなかった際に指摘されたのが、「この種類の菌の増殖は心臓病の原因になりますので、フロスだけでなく、歯間ブラシもしっかり使って20分以上かけてブラッシングしてください」という指導でした。 

  口内菌がまさか心臓に悪さするとは思っていなかったのでそれ以来しっかり時間をかけてブラッシングするように心がけているわけですが、まさに今回の6体のミイラも似た状態だったのではないかと、この時のエピソードが頭をよぎりました。 

  更には、最近の研究では、自分の歯が残っている人ほど長生きだというデータも出ていますから、口内菌、口内環境がいかに健康維持に重要かが分かります。   

 エジプトにおける伝統医学は、アーユルヴェーダと並んで古くから記述が残っています。歯磨き粉に関する記録もあるのになぜこんなにも口腔衛生が劣悪だったのか・・・ 

 まずは、先ほどもお話した通り、高糖質食という生活習慣が一番の原因であることは想像ができます。現在では世界的にパワーフードとして人気の甘いナツメヤシやサボテンの実、蜂蜜、パンにビールが主な食事でした。特に砂漠地帯の果物は栄養価がいかにもギュッと濃縮されており、歯にしみるほど甘い果実が多くあります。 

 更には、エジプト王朝時代における歯磨き粉にはなんと、蜂蜜が材料として使用されていたのです。現代においては蜂蜜に含まれる糖質は虫歯の餌にはなりえない成分で、更には虫歯予防に効果的だというデータもありますが、日常から高糖質の果物と併せて蜂蜜を多く摂取していたのでは、口内菌、虫歯の大きな原因となり得ます。 

 虫歯が進行していくと、口内菌が歯髄に入り込んで感染症が慢性化し、歯周膿瘍や根尖病変の原因となります。膿瘍が進めば、そこから出てくる膿が敗血症を起こし、適切な治療がなされなければ、口腔底蜂窩織炎(ほうかしきえん)を発症し、高熱にうなされ、気道を塞いで呼吸困難となっていきますので、結果、直接的でなくとも、虫歯は、十分、死因として考えられるのです。   

 最後に、エジプトの伝統医学においてどのような材料で歯磨き粉が作られていたのか紹介したいと思います。 

 ●約3500年前の紀元前1500年頃のエジプトの医学書における歯磨き粉のレシピ 

・ビンロウ(虫下し効果もある木の実) 

・蜂蜜 

・すい石(火打石) 

・緑青(ろくしょう) 

・乳香(にゅうこう) 

・ナイル川の土   

 現代におけるスクラブ状の歯磨き粉のイメージでしょうか。 

 ちなみに、日本においては縄文時代から歯磨きに似た行動があったことは分かっていますが、現在の歯磨き習慣に近い行動は、仏教と共に日本に伝えられたアーユルヴェーダのニームの木で歯を擦る習慣でした。日本では歯木(しぼく)と呼ばれ、インド同様に木の枝で歯を擦り始めたのがはじまりと伝えられています。現在私たちの生活にあるブラシスタイルになったのは、江戸時代に入ってからで、木の先を細く割いたブラシや楊枝スタイルのものがありました。 

 文化が一気に発展した江戸時代から現在に至るまで、口腔環境の重要性が問われるにつれ、歯ブラシのデザインもどんどん進化を遂げてきているのです。 

 健康維持には生活習慣が何よりも重要ですので、歯磨き習慣も徹底していきたいところです。