なぜヒトは操られてしまうのか~快楽の水面に浮かぶもの~
 ヒトは簡単に操られてしまう。相手が悪魔であるほどに沼っていくのが人間というもの。
悪魔というのは、ヒトが気持ちよくなる場所をよく知っているわ。
人間は、自分を褒めてくれる存在、承認してくれる存在、盛り上げてくれる存在に心を開き、好きになるの。
自分の好きなところをくすぐって引き出してくれる存在よ。
悪魔はそれを巧みに利用するわ。
あなた、2022年にあった事件を覚えているかしら。
埼玉県北部のとある過疎地の空き家で、男性とみられる一部白骨化した遺体が見つかった事件よ。
発見当時は誰もが自死だと思っていたわ。
最近は過疎地の空き家が自殺場所として人気だからね。
しかし司法解剖で一転。
一部白骨化した遺体の舌骨に亀裂が見つかったの。絞殺された証拠よ。
この遺体は180cmの長身男性で推定30代後半から50才くらいの風のヒト。腹部や顔の一部は動物に喰われた跡もあったわ。“風化”ってのも風っぽいわよね。
捜査が進む中、ある一人の男が浮上した。
都内で公務員として働く45歳の男よ。
ぽっちゃりとした体格に細く小さな目、薄い唇。
土と風の男だったわ。
ただし、二人に面識はなかった。
なぜ公務員がキャリアを捨てるリスクを背負って殺人を?
捜査が進むにつれてある共通点が見つかったの。
マッチングサイトよ。
二人は同じマッチングサイトの会員だった。
この頃、同じマッチングサイト内の男性会員の不審死が他にも2件起きていた。
どれも同じような死に方でね。
ひとりは中小企業の総務部に新卒から長年働いていたぽっちゃりと優しそうな土のヒト。
もうひとりは大企業の経理課長をやっていたハンサムな火のヒトよ。
被害者の周囲の人間から聞き込みを進めていくと、皆同様に金銭トラブルも抱えていた。
それでも、土+風の容疑者と親しく連絡を取り合っていた記録は残っていない。
引き続き被害者たちのサイト内でアクセス記録を調べていくと、全員が共通してデートのリクエスト送っていたある女性がいた。
「私は本当の愛を探しています。心から愛し合える人と出会いたいと思っています」
胸元が大きく開いた白いニット服、公園の自然光で撮った自撮り写真。
そう。悪魔よ。
事件の捜査が進み指名手配になるも時遅し。
土+風の容疑者は失踪し、その2週間後に山林で首を吊っているのが見つかったわ。
被害者たちはそれぞれ性質の違うヒト。
悪魔は相手の性質だけではなく、善意や正義感、愛さえもくすぐり操るわ。
それぞれのヒトの”欠けている隙間”を埋めるように、悪魔は囁いたの。
》土男・・・信頼を与え服従性を引き出し、500万円搾取
私、あなたと一緒になれるなら、なんでもするわ。あなたさえいてくれたら幸せなの。(執着を増悪させる)
ただ、パパがうるさくて・・。(安定性が無くなることへの不安を煽る)
結婚は家同士の契約だって言うのよ。
だから、家柄がそぐわない相手はダメだって・・。(不安と執着をくすぐる)
土という男はお前の為に結納金いくら出せるんだ!なんて言うのよ・・・。(不安を煽って金を引き出させる)
でも私はあなたを信じているわ。(最後は信頼を与え逃げ場を奪う)
》火男・・・承認欲求を満たし、正義感とプライドを引き出し700万円搾取
あなたはいつも正しいわ。世の中みんなあなたみたいだったらいいのに。
あなたみたいに常に一生懸命で熱い男じゃないと私満足しないの。
私もあなたを見習って頑張るわ。(承認欲求を存分に満たす)
私ね、学校に通って資格を取りたいと思っているの。こう思えたのもあなたのお陰よ。
もう少し生活切り詰めて、夜もスナックでアルバイトしようと思う・・・。
(火に罪悪感を押し付け、“自分が何とかするよ”と言わせる)
会える時間が少なくなるけれど、私も、あなたみたいになりたいから・・・。(プライドをくすぐる)
入学金と学費、2週間の留学もあるみたいで・・・。とにかくお金がかかるわ。
こんな私でも、あなたから応援してもらえたら頑張れる気がするの。(最後にプレッシャーをかける) 
》風男・・自由性に寄り添い受容し、仕事の粗さを引き出し350万円搾取
あなた・・・。もうそんなにしつこくされても困るわ。
あなたのクレジットカードすぐに限度額になっちゃったわ。
訴えても仕方のないことだと思うわ。誰も悪くないもの。
お母様へ心配かけたくないってあなたが言うから、帰省する度に付きそったじゃない。(風の自由性を受容していた)
お母様へのプレゼントや介護用品を用意しといてくれと言ってクレジットカードを渡してきたのはあなたよ。(信じた風は悪魔に適当に丸投げした)
私は全部丸投げされて、あなたに振り回されて大変だった。でも私はあなたを責めたりはしないわ。(受容するように責任回避) 
さよなら・・・。
》土+風男・・・土の執着性と衝動性を利用する。
マッチングサイトで自信がない不安定な土+風の男を物色。
土+風男は、土という共通性から安心感を抱きすぐに打ち解ける。
あなたが世界でいちばんよ。私はあなたと出会う為に生まれて来たんだと思う。
来世でもあなたと一緒にいたいわ。(信頼を与え執着性を増悪させる)
あなたににしか言えないことなんだけど・・。
あのね、実は最近悩んでいることがあるの。(信頼を畳みかける)
元彼の風男がしつこいの。付き纏うのはやめてって何度も言ったのに待ち伏せされたりして。
今は大切な人がいるからって何度も断ったのよ。警察にも相談したわ。
でも全然動いてくれない。頼りにならないわ。(執着性を利用して嫉妬心をくすぐる)
このままでは、あなたにも迷惑かけちゃうかもしれない。
風男が付き纏う間は会わない方がいいかもしれないわ。
あなたに何かあったら心配だもの。(不安定さをにおわせる)
本当は毎日一緒にいたいのよ。ずっとあなたに抱かれていたいの。
でも、風男が突然あなたに襲いかかってきたりでもしたら・・私・・。
毎日メールがくるし、電話が鳴るたびに怖くなるの。
風がいなくなってくれたらどんなにいいか。(服従心をくすぐる)
あなたともっともっと自由に愛し合えるのに・・・。(執着心をくすぐる)
環境の変化に異常なまでの不安を感じる土。
執着と依存性を刺激されながらも、風の衝動性も交差する。
男の凶悪犯罪者に多いタイプよ。
土+風男は正義のためと思って服従してしまったのでしょうけど、ふと我に返ったら耐えられなくなったのね。
自死というはため込む土性、行動に移す衝動性そのものよ。
悪魔は後悔や罪悪感も引き出すの。
それぞれのヒトの性質だけではなく、人間が本来持っている善意や正義感、愛さえもくすぐり操るわ。
それも、誰かを陥れるときには直接手を下さずに、他人を操って殺(や)らせるのよ。
悪魔の目には、なんでもお見通しよ。
・・・・・・・・・・・・
そういえば、あなた、地獄送りにしたいヒトがいるのよね?
火の係長だったかしら。
わざわざあなたが手を下す必要はないわよ。
悪魔ならこうするわよ。
地獄送りにしたい火の係長は、あなただけじゃなくて部下みんなに高圧的。
それに引き換え、その上の部長には媚びを売る。
聞いてもいないのにわざわざ過去の栄光や自分の成果を大げさに話す。しかも実務の実力がない。
なるほどね。会社でいちばん嫌われるやつね。とはいえ、よくある話よ。
火の係長は実力がないこともどこかで自覚しているわ。
わざわざ武勇伝を語るのは、実力がないゆえに覆い隠すしかないのよ。
部長からすれば、火の係長の普段の態度がどうかなんて見えていないから上手くやっている様に見えるでしょうね。
火は計算高いでしょ。実務が出来なくても処世術で生きていけるのよ。
いちいちどうでもいいような細かい報告まで部長にする。
その部長は時間を取られつつも、報告へくる部下に悪い気はしない。むしろ慕われているという肯定感から可愛くさえ思えてくる。だから実力がなくても出世できるのよ。
出世すると、自分の権力保持のために優秀な部下を次々に潰していく。
まさに、凡人が天才を殺すってやつよ。
側近には優秀な人間ではなく自分に似た、懐くタイプを置く。
火の係長は承認欲求を満たされたいからね。
自分を持ち上げてくれる人間を置くことで自我を保てるの。
その火の係長にもお気に入りがいるはずよ。
この火の係長を引きずり落としたい? あらそう。 いいわよ。
火の係長を潰したいなら、その“お気に入り”を盛り上げることよ。
火の係長は“お気に入り”を絶対的な服従者だと思っている。
でもね、この“お気に入り”だって火の係長と似たタイプなのよ。
つまり、計算高い火のヒトってこと。火の係長の思いとは裏腹に虎視眈々とポジションを狙っているわ。
だからこそ、その“お気に入り”を盛り上げるの。火のヒトの盛り上げ方はもう知っているわね。
「僕はあなたが上司だったらどんなに良いかと思っています。
今抱えている案件も協力できることは全力でやらせて頂きますので、絶対成功させましょう!
これが成功したら絶対次回昇進間違いないですよ。
今度飲み会の時に部長にもあなたの仕事運びがどれだけ素晴らしいかお話しするつもりです。」
十分に承認を満たしてプレッシャーを与えるのよ。
“お気に入り”は力をつけると社内評価が上がり火の係長に追いつくわ。
ふふふ。飼い犬に噛ませるのよ。
こうなってくると面白いわよ。
「自分の方が上だ」という火の係長のマウント構図が壊れ、プライドも崩れる。
「俺が育ててやったのに!」「恩知らずめ!」
火の係長は必ず吠えるわ。そして、周りの人間に有る事無い事を言いふらし、“元お気に入り”に横槍を入れ始める。
そうすると火係長の社内評判はガタ落ち。
管理職に置き続けることでクーデターが起きれば人事配置した人間が責任を問われる。
さすがの部長も切り捨てて、新しい火のヒトを側近に置くでしょうね。
左遷か降格。いずれにしても城を追い出されるわ。
ご愁傷様ね。ふふふふ。あなたも悪いわね。
--------------------------------------------------
「悪魔の人間観察」(飛鳥新社)が発売され3週間が経ちます。
おかげさまで早速の重版も決まり、続々とご感想も頂いております。
大手書店様におかれましては、大変目立つ場所に平積みして頂いているお店も多く、大変ありがたい次第です。
今回、「悪魔の人間観察」に収録されました内容はこれまで私が培ったデータを基にしているのですが、全てを盛り込むことはできませんでした。
今月は原稿カットされた一部をご紹介しました。
「悪魔の人間観察」第4章“ヒトを操る”に関係するコラム小説です。
お楽しみいただけたでしょうか。
裏を返せば、悪い面を引き出さずにいい面を引き出すヒントにもなります。
ぜひ悪用ではなく、善玉の活用法をお勧めします。
ふふふふふ。
鈴木まり