今月は、「ポジティブ(陽キャ)」と「ネガティヴ(陰キャ)」における、これまでの心理学研究をいくつかご紹介していきます。
ポジティブとネガティヴの皆さんの常識が少し変わるかもしれません。
◇
「あの人、言うことは立派なんだけど、ミスが多くて実務がイマイチなんですよね」
カウンセリングの仕事をしていると、こんな評価を耳にすることがあります。
会議では絶好調に弁が立つ。
前向きな意見を出し、人を励ますのもうまい。正義感があり、理想を語らせたら誰よりも説得力があります。
ところが、いざ細かな確認作業を任せてみると、見落としが多く凡ミスが目につきます。
反対に、会議ではあまり発言せず、「それ、本当に大丈夫ですか」「もし失敗したらどうしますか」と、どちらかといえば場の空気に水を差すようなことを言う人もいます。周囲からは「ネガティブ」「神経質」「考えすぎ」と思われがちです。
ところが、その人に最終確認を任せると、小さなミスを次々と発見し、丁寧に仕事をこなしていきます。
なぜ、このような違いが生まれるのでしょうか。
心理学的に見ると、人の性格には単純な「良い・悪い」があるのではなく、その特性が能力として発揮されやすい状況と、そうではない状況があります。
俗な言い方を借りるなら、「陽キャ」にも「陰キャ」にも、それぞれ得意分野があるということです。
◉ポジティブな人は「ないもの」を探しにくい
弁が立ち、理想を語り、前向きに人を動かせる人には大きな強みがあります。
新しいことを始めるとき、人を巻き込むとき、停滞した組織を前へ進めるときには、こうした特性が大きな力になります。
一方で、その能力がどんな仕事にも万能というわけではありません。
人は、自分の信念や期待に一致する情報へ注意を向けやすく、反対の情報を見落としやすくなることがあります。認知心理学では、こうした現象は「確証バイアス」などの研究によって説明されています。
「できる」
「うまくいく」
「こうあるべきです」
こうした言葉を使い、自分の目標や理想を明確にすることは、行動を前へ進めるうえでは有効です。
しかし、品質管理や監査、校正、最終確認などでは、発想を逆転させる必要があります。
必要なのは、
「どこかに間違いがあるかもしれない」
という視点です。
最初から「問題が存在する可能性がある」という前提で対象を見ます。
言ってみれば、仕事として疑うのです。
ここでは前向きさだけではなく、慎重さや疑い深さ、細部への注意が武器になります。
◉「ネガティブだからこそ見えるもの」がある
心理学にも、これと関連する興味深い研究があります。
心理学者ジュリー・ノレム(Julie K. Norem)とナンシー・カンター(Nancy Cantor)が研究した「防衛的悲観主義(defensive pessimism)」です。
防衛的悲観主義とは、過去にはそれなりにうまくいっている人が、これから起こることについてあえて期待を低く設定し、「失敗するとしたら何が起こるだろう」と具体的に考える認知方略です。
一見すると、非常にネガティブです。
しかし、この「最悪を想定する」という思考によって、不安を具体的な準備行動へ変えられる場合があります。
「忘れ物をするかもしれない」
だから、前日に確認します。
「数字が間違っているかもしれない」
だから、もう一度計算します。
「ここで事故が起こるかもしれない」
だから、安全装置を確認します。
ネガティブな予測が、リスクヘッジにつながっているのです。
また、認知心理学ではネガティブな情報への注意バイアス(negative attentional bias)について多くの研究があります。
不安や警戒心が高まると、人間の注意は潜在的な脅威や異常へ向きやすくなります。
もちろん、不安や警戒心が強すぎれば、判断や仕事の能率を低下させることもあります。
つまり「ネガティブなほど優秀」ということではありません。
重要なのは、他の人が通り過ぎる小さな違和感に注意を向ける認知傾向が、ある種類の仕事では能力として機能するということです。
◉神経質さは、本当に欠点なのか?
性格心理学の代表的なモデルに「Big Five」があります。
人の性格を大きく、外向性、協調性、誠実性、神経症傾向、開放性という5つの次元から捉える考え方です。
このうち神経症傾向(Neuroticism)が高い人は、不安や心配などの否定的感情を経験しやすい傾向があります。
日常生活だけを考えると、あまりありがたい性格には聞こえません。
しかし、進化心理学者ダニエル・ネトル(Daniel Nettle)は、性格特性には単純な「優秀・劣等」では説明できないトレードオフが存在することを論じています。
ある環境では不利になる特性が、別の環境では利益をもたらすことがあります。
これは仕事にも当てはまります。
細かいことが気になります。
何度も確認します。
「本当に大丈夫ですか」と疑います。
最悪のケースまで考えます。
日常生活では「考えすぎ」と評価される性格かもしれません。
しかし品質管理、安全管理、監査、経理、校正、危機管理などでは、この傾向が強みになる場合があります。
「まあ大丈夫でしょう」で通過しそうになったものを、
「いや、ちょっと待ってください」
と止める人がいます。
その一言によって、事故や損失が防がれることがあります。
◉ポジティブにも弱点がある
一般的に、
ポジティブ=良い
ネガティブ=悪い
という単純な図式で人間を評価しがちです。
しかし心理学的には、それほど単純ではありません。
ポジティブ感情について研究してきた心理学者バーバラ・フレドリクソン(Barbara Fredrickson)は、ポジティブ感情が思考や行動のレパートリーを広げるという拡張‐形成理論(broaden-and-build theory)を提唱しています。
ポジティブな感情は視野を広げ、新しい可能性を探索し、人との関係をつくる方向へ認知を促します。
そのため、新規事業、企画、営業、組織を牽引する役割など、「可能性を広げる仕事」では前向きな力が大きな武器になります。
しかし、視野を広げることと、一点の間違いを集中的に探すことは、同じ認知作業ではありません。
品質管理で必要なのは、
「もっと可能性を見つけましょう」
ではなく、
「この中に異常はありませんか」
という探索です。
つまり、アクセルを踏む人とブレーキを点検する人では、必要とされる能力が違うのです。
◉「陰キャ」と「陽キャ」は補い合える
そう考えると、会社が全員を「明るく、前向きで、積極的な人材」にしようとすることには問題があります。
組織には、前へ進める人が必要です。
同時に、
「本当に大丈夫ですか?」
と言う人も必要です。
アイデアを出す人。
疑問を出す人。
人を鼓舞する人。
冷静にリスクを計算する人。
大きな方向を見る人。
小さな間違いを見つける人。
どちらか一方だけでは、組織としての機能が偏ります。
ポジティブを陰で支えているのは、ネガティブさです。
明るく前へ進む人の後ろで、「ここは危ないです」と穴を見つけてくれる人がいるからこそ、安心して前へ進むことができます。
ネガティブ=悪いことではありません。
ポジティブにもマイナス面があります。
人間の性格は、長所と短所を完全に別々に持っているわけではありません。同じ性格特性が、置かれる環境や与えられる役割によって、長所にも短所にも変わります。
神経質だから見つけられるものがあります。
疑い深いから防げるものがあります。
楽観的だから始められることがあります。
外向的だから動かせる人がいます。
そう考えると、「陰」と「陽」という表現はいかにも面白いものです。
陰をなくして、陽だけにする必要はありません。
陽を抑えて、陰だけにする必要もありません。
互いに異なるからこそ、補い合うことができます。
人を見るときに重要なのは、
「この人の性格の何が悪いのか」
ではありません。
「この人の性格は、どこに配置したときに能力として最大限に発揮されるのか」
という視点です。
適材適所です。
人にはそれぞれ、その性格だからこそ発揮できる能力があります。
「陰キャ」と「陽キャ」。
どちらが優れているかではありません。
心理学的に重要なのは、それぞれが持つ性格特性と認知傾向を理解し、その特性が強みとして機能する場所に配置することなのです。