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「似た者同士」が生み出す心理~見知らぬ誰かを応援したくなるのか 文:日本女性ヘルスケア協会長鈴木まり

先日、SNSに愛犬の看護記録を投稿したところ、思いがけない反響があった。老犬の闘病や日々の様子を記録していただけなのだが、短期間でフォロワーが一気に増え、さらに驚いたのは、会ったこともない人たちからたくさんの応援メッセージが届いたことである。

どんな人たちが見てくれているのだろうとフォロワーを確認してみると、愛犬と同じイタリアングレーハウンド、通称イタグレの飼い主が多く、ほかにも犬を飼っている人たちのアカウントが目についた。

住んでいる場所も違えば、国も違う。年齢も職業も分からず、当然ながら一度も会ったことがない人たちである。それなのに、まるで昔から知っている誰かの家族を心配するかのように、愛犬の回復を願い、励ましの言葉を届けてくれる。

この不思議な連帯感は、いったいどこから生まれてくるのだろうか。

実は、人間が「自分と似ている」と感じる相手に親近感を抱き、そこから共通認識や仲間意識を形成していく心理については、社会心理学の分野で長く研究されてきた。


●人間は「似ている」というだけで親近感を抱く

心理学には「類似性魅力効果(similarity-attraction effect)」という現象がある。自分と考え方や価値観、趣味、経験などが似ている相手に対して、人は好意や親近感を抱きやすいというものである。

この研究で知られる心理学者ドン・バーンは、1960年代に興味深い実験を行っている。

実験参加者に、ある人物が回答したとされる態度や意見についての質問票を見せ、その人物にどの程度好意を持つかを評価してもらった。すると、自分と似た回答をしている人物ほど、好意的に評価される傾向が確認された。

ここで重要なのは、相手の人柄を直接知っていたわけではないという点である。

人間は相手をよく知らなくても、自分と共通するものを発見するだけで、その人に対する心理的な距離を縮めることがある。

例えば、初対面の人が同郷だと分かった途端に話が弾んだり、同じ学校の出身者というだけで親しみを感じたりすることがあるだろう。普段は特に意識していない趣味でも、それを共有する相手と出会った途端に、妙な仲間意識が生まれることもある。

犬の飼い主同士にも、これと似たことが起きているのではないだろうか。

特に同じ犬種を飼っている人であれば、その犬種特有の性格や身体的特徴、飼育上の苦労などについて、ある程度共通する経験を持っている。

イタグレであれば、細い脚の骨折を心配した経験や、寒がりな性質、独特の甘え方など、飼い主同士でなければ分からない話もある。

こうした共通経験は、相手について詳しく知らなくても、「この人なら自分の気持ちが分かるかもしれない」という感覚を生み出す。


●たった一つの共通点でも「仲間」になる

さらに興味深いのが、社会心理学者アンリ・タジフェルらによる「最小集団実験」である。

1970年代初頭に行われた一連の研究では、参加者を、絵画の好みなどを理由にした集団へ分類した。実際には、集団の区分にほとんど意味がない条件も設定されていた。

参加者同士は顔見知りではなく、個人的な利益関係もない。それにもかかわらず、報酬の分配を判断する場面では、自分と同じ集団に属する相手を有利に扱う傾向がみられた。

つまり、人間は「同じグループに属している」という認識だけでも、仲間を優遇することがあるというわけだ。

この研究は、後に発展する「社会的アイデンティティ理論」の重要な基盤となった。

私たちは、自分自身を個人として認識するだけでなく、所属する集団を通して「自分が何者であるか」を理解している。

日本人であること、ある地域の出身者であること、特定の職業に就いていること、あるいは犬を飼っていることも、自分を説明する一つの属性になる。

そして、その属性を共有する人を見つけると、「私」と「あなた」という関係の中に、「私たち」という新しい認識が生まれる。

今回のSNSで起きたことも、この心理構造から考えると理解しやすい。

フォロワーの人たちにとって、私の愛犬は単なる見知らぬ犬ではなく、「自分と同じ犬種の犬」であり、さらに「自分と同じように犬を大切にしている人の家族」なのだろう。

もちろん、同じ集団に属しているという意識だけで、必ず他者を助けるわけではない。しかし、相手をまったくの他人として見る場合と、何らかの意味で「自分たちの仲間」として見る場合とでは、その人の苦しみを受け止める心理的な距離が変わってくるのである。


●共感は「自分にも起こり得る」という想像から生まれる

もう一つ、この現象を考えるうえで欠かせないのが「共感」である。

心理学者C・ダニエル・バトソンらは、他者に対する共感的な関心が援助行動を促すという「共感・利他性仮説」を研究してきた。

1981年のバトソンらの実験では、困難な状況に置かれた人物に対して共感を抱くよう促された参加者は、その場から離れやすい状況でも援助を申し出やすいことが示された。

人間が誰かを助ける理由は、必ずしも自分に利益があるからとは限らない。相手の苦痛を想像し、その苦痛を少しでも和らげたいという気持ち自体が、援助の動機になる場合がある。

老犬の看護記録を見た人たちの中にも、かつて愛犬を看取った経験がある人、現在まさに介護をしている人、あるいはこれから訪れる老いや別れを意識している人がいるのだと思う。

その人たちにとって、画面の向こうにいる老犬の姿は、単に他人のペットの記録ではなく、自分が経験した過去や、いつか経験するかもしれない未来と重なるものなのだろう。

特に、愛犬を失った経験のある人にとっては、看護の様子を見ること自体が、かつての自分を思い出すきっかけになるかもしれない。

そして、その経験があるからこそ、今まさに看護をしている誰かに対して、何か言葉を届けたくなる。

共感とは、相手と同じ経験をしていることだけではなく、相手の経験の中に自分の感情や記憶を見つけることでもあるのだと思う。


●SNSは「見知らぬ仲間」を可視化した

考えてみれば、SNSが普及する以前にも、同じような連帯感は存在していたはずである。

ただし、同じ犬種を飼っている人や、同じ病気の家族を看護している人、同じ悩みを抱えている人が、日常生活の中で偶然出会う機会はそれほど多くなかった。

SNSは、地理的な距離や生活環境の違いを越えて、共通点を持つ人たちが互いを発見できる環境をつくった。

社会学者マーク・グラノヴェッターは1973年、「弱い紐帯の強さ」という研究を発表している。親しい友人や家族のような強いつながりだけではなく、普段それほど接点のない人との弱いつながりが、新しい情報や社会的な機会をもたらす重要な役割を果たすという考え方である。

この研究はSNS以前のものだが、現代のオンライン上の人間関係を考えるうえでも示唆に富んでいる。

例えば、犬の介護について、身近な友人よりも、遠く離れた場所に住む同じ犬種の飼い主の方が具体的な経験や情報を持っている場合がある。

普段の生活ではまったく接点のない人が、ある特定の問題に直面したとき、非常に心強い存在になることがあるのだ。

もっとも、SNSには同じ考え方を持つ人ばかりが集まり、異なる意見に触れにくくなる側面もある。似た者同士の連帯感は、ときに排他性や思い込みを強めることもあるため、共通点を持つ集団が必ずしも望ましい方向へ進むとは限らない。

それでも今回の経験では、国境も言葉も越えて、見知らぬ人たちが一匹の老犬の回復を願ってくれるという、SNSが持つ温かな側面を実感することになった。


●「似た者」を通して、自分という存在は拡張していく

先月のコラムでは、人間が他者との関係や新しい経験を自分の一部として取り込み、自己の範囲を広げていく「自己拡張の心理」について書いた。

今回の出来事を振り返ってみると、「似た者同士」が生み出す連帯感も、この自己拡張という視点から考えることができるように思う。

もともと、私とSNSのフォロワーは互いに存在すら知らない他人同士である。それが、同じ犬種を飼っているという共通点から親近感を持ち、相手の経験を自分の経験と重ね、やがて相手の喜びや悲しみにまで感情を向けるようになる。

心理学者アーサー・アロンらは、親密な関係において他者を自己の中に取り込む「自己への他者の包含(inclusion of other in the self)」という考え方を研究している。

今回のようなSNS上のつながりを、そのまま親密な関係における自己拡張と同一視することはできないが、相手を単なる他人としてではなく、自分と何かを共有する存在として認識することは、自己と他者の心理的な境界を変化させる一つのきっかけになるのだろう。

そして、ここで面白いのは、連帯感が必ずしも相手との深い付き合いを必要としないことである。

名前も知らない。顔も知らない。おそらく一生会うこともない。それでも、同じような経験を持ち、同じような感情を理解できるというだけで、誰かの幸せを願うことができる。

人間は、自分と似ているものを見つけることで安心し、その共通点を足がかりに、自分とは異なる人生を生きている人の世界にまで関心を広げていく。

つまり「似ている」という認識は、単なる仲間探しにとどまらず、自分という存在の境界を他者へと広げていく入り口にもなるのである。

愛犬の看護記録から始まった今回の出来事は、私にとって、人間の連帯感がどのように生まれるのかを考える興味深い機会になった。

人間は孤独な存在だと言われるが、同時に、たった一つの共通点から見知らぬ誰かと心を通わせることのできる生き物でもある。

そして、そのつながりを生み出しているのは、特別な思想や立派な理念ではなく、「あなたの大切なものが、私にも分かる」という、ごく身近な感覚なのかもしれない。

‐参考研究・文献 ‐

Byrne, D. (1961). Interpersonal attraction and attitude similarity. Journal of Abnormal and Social Psychology, 62(3), 713–715.

Tajfel, H., Billig, M. G., Bundy, R. P., & Flament, C. (1971). Social categorization and intergroup behaviour. European Journal of Social Psychology, 1(2), 149–178.

Batson, C. D., Duncan, B. D., Ackerman, P., Buckley, T., & Birch, K. (1981). Is empathic emotion a source of altruistic motivation? Journal of Personality and Social Psychology, 40(2), 290–302.

Granovetter, M. S. (1973). The Strength of Weak Ties. American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380.
Aron, A., Aron, E. N., & Smollan, D. (1992). Inclusionof Other in the Self Scale and the structure of interpersonal closeness.Journal of Personality and Social Psychology, 63(4), 596–612.