「感情のコントロール」をアーユルヴェーダと最新心理学研究から解説
日本女性ヘルスケア協会長 鈴木まり
今月は先月に引き続き、アーユルヴェーダにおける心の概念その②と題しまして、アーユルヴェーダでは、感情をどのようにコントロールするものなのか。そして、最新心理学研究で明らかになった、身体と感情の結びつきについてお話したいと思います。
まずは、アーユルヴェーダにおいて感情は「抑制するものではない」と説いています。
アンガーマネージメントにおいて、「キレそうになったら7秒我慢する」はもはや周知の脳科学的アプローチですが、「根本療法」を目指すアーユルヴェーダにおいては、7秒我慢する抑制法はあくまでも対処法でしかありません。
では、アーユルヴェーダにおいてはどのように対処するのでしょうか。
一言でいうと、「いかに感情と向き合うか」を説いています。
8分ほどの動画にまとめましたので、ぜひご覧ください。
◎アーユルヴェーダにおける感情の捉え方〜その②
》感情処理の仕方
https://vimeo.com/1158255122/57d5beb258
では次に、心理学研究においてはどうでしょうか。
感情は思考の癖、体質の癖です。
つまり、「感情は身体からつくられる」ということです。
これは、先月のコラム「なぜ見た目に現れるのか」でも触れた内容となります。
この根拠となる研究のひとつに、2010年に自律神経と情緒の安定性の結びつきについての論文が発表されましたので、紹介したいと思います。
2010年前後の心理学・神経科学の研究では、「情動の安定は自律神経の状態と深く結びついている」という理解が大きく進みました。
それまで感情の安定は主に性格や思考の問題として語られがちでしたが、この時期の研究は「心の安定は神経系の働きそのものに支えられている」という視点を明確に示したのです。
特に注目されたのが「心拍変動(HRV)」という指標です。
これは、心拍のリズムの揺らぎを示すもので、自律神経の調整力を反映すると考えられています。
研究によると、HRVが高い人ほどストレスからの回復が早く、感情の切り替えが柔軟で、不安や怒りを長く引きずりにくいことが分かっています。反対にHRVが低い場合、情動反応が過敏になりやすく、反すう思考や不安、抑うつ傾向が高まりやすいと報告されています。
つまり、生理的な柔軟性が心理的な柔軟性につながるという考えが強く支持されるようになったのです。
この背景には、脳と自律神経が一体となって感情を調整しているという理解があります。
特に前頭前野は、衝動や感情をコントロールする役割を担っていますが、この働きは迷走神経を通じて心拍や呼吸などの身体反応にも影響を与えます。
つまり、感情の自己調整能力とは、脳の実行機能と自律神経の統合的な働きによって生まれるものなのです。
また同時期に広く注目されたのが、スティーブン・ポージェスによるポリヴェーガル理論です。
この理論では迷走神経が単一ではなく、安心や社会的つながりを支える系統と、防衛や凍りつきを引き起こす系統に分かれていると考えます。人が情動的に安定している状態とは、「安全である」と身体が感じている神経モードが働いている状態だと説明されます。つまり情動の安定とは、単に落ち着こうと努力することではなく、神経系が安心モードに入っているかどうかに大きく左右されるのです。
さらにストレス研究の視点も変化しました。重要なのはストレス反応の強さではなく、どれだけ早く平常状態に戻れるかという「回復力」です。これを自律神経の柔軟性と呼びます。
環境の変化に応じて神経の働きを素早く調整できる人ほど、心理的にも安定しやすいと考えられています。
興味深いのは、心理療法やセルフケアが実際に自律神経の働きを変えることが確認されている点です。呼吸法、マインドフルネス、バイオフィードバック、安全な対人関係などは、副交感神経の活動を高め、HRVを向上させることが報告されています。
これは心理的アプローチが単に気分を変えるだけでなく、身体の生理状態そのものを整えていることを意味します。
こうした研究から見えてきた結論は、情動の安定とは「心の問題」だけではなく、「神経系の安定した調整状態」そのものだということです。
安心を感じられる身体、柔軟に回復できる自律神経、そしてそれを統合する脳の働き。この三つが揃ってはじめて、人は安定した感情を保つことができるのです。
現代心理学は、心と身体を切り離さずに理解する方向へと大きく進んでいます。感情を整えるとは、神経を整えること。これは、心身一体の視点を改めて科学的に裏付ける重要な知見となるのです。
これらをアーユルヴェーダに重ねてみると、10:00~2:00の火の時間、2:00~6:00の風の時間、6:00~10:00の土の時間にいかに神経を沿わせられるかが鍵となることは一目瞭然です。
「HRVの心拍の揺らぎ」とは、火の時間には心拍をあげて集中して、土の時間には回復させるという、自律神経に沿った神経活動をいかに整えられるかということです。これが、自律神経の柔軟性です。
ずっと火のヒトでは、ずっとイライラしっぱなしで血圧も上がります。ずっと土のヒトではやる気が起きずに倦怠感に襲われ鬱のリスクが高くなります。
現代研究を古代医学に照らし合わせても十分一致しているのがよく分かりますね。
ヨガや呼吸法など、自律神経を整えるセルフケアは日課にしていきましょう。
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